| 北 野 神 社(落馬止め天神) |
| その昔、八代将軍吉宗公の御乗馬が暴走してあわやという時にこの北野神社の当たりで馬が静かになり落馬せずにすんだと言われ以来「馬止め天神」と評判になりこの名が定着した様である。当時この神社の近くに将軍指南役、柳生家の馬屋、下屋敷等があり将軍の鷹狩りの際に共をしたと思われます。昔より天神様は乗馬の神であり、先般の事情もあって柳生家は、ここの村人と共に江戸末期まで北野天神を守って来たと言われています。人の身にふりかかる悪事を一切止めて下さる天神様として、昔から今日まで多くの人々に崇敬されております。 | 所在地 大田区仲六郷 四丁目二十九番地 第一京浜国道六郷橋際 |
| 北野天神の縁日は毎月二十五日です。学成就、入学、商売繁盛、病気の平癒と再発防止、流産防止、痛み止め、交通安全特に航空機の墜落がない様にと様々な御利益が求められます。↓ | 北野神社神門前。左の「止め天神」説明板の右隣の柱が「六郷の渡し」の標注、神門を入ってすぐ左の小屋根の下が手水石と踏み石、写真後方の明るい緑は土手です、その下がサイクリングロード、ゴルフ場、六郷川となっています。↓ |
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| 六郷の渡しの所にも説明がありますが、渡しの標識柱は、この北野神社の神門手前左に保存されています。↓ | 「止め天神」の由来を記した石碑。古来、止め天神の祭礼は真夜中に炬火を燃やし、笛や太鼓、三味線のお囃子で村中を踊り歩いたとされています。↓ |
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| 北野天神の歴史的なものは、昭和二十年四月十五日の空襲ですべて焼失しました。唯一残るのは、江戸時代若者が力自慢につかった“万年石”“千年石”写真下↓と手水石写真右→です。 | 下は貞享元年(1684)八幡塚南町の世話人が寄進した三百余年の歴史を物語る貴重な手水石です。その前にある踏み石が″河原橋″といって、六郷の渡しに行くのにどうしても渡らなければならなかった橋の踏み石です。 |
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| 「落馬止め天神」の落ちない様にという祈願から最近では受験生の祈願の絵馬が学成就塚に飾られています。他にも止め塚・平癒塚があり、病気・痛み・流産止めの願掛けをします。 | 「狛犬の下に狛猫」↓特に意味はないんですが、ちょうど写真を撮る時、じっと手を合わせて動かない猫がいたので天神様のおつかいの「狛猫」と勝手に決めました。元気でいるかなー |
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