観 乗 寺 
日蓮宗、山号は日経山、院号は東光院、小湊誕生寺の旧末寺。「新編武蔵風土記稿」によると、開山は善恵院日経で、寛永元年(1624)に草創されたという。境内地は、もと旗本高木伊勢守守久の陣屋の跡であった。 所在地 大田区
東六郷三丁目十六〜一
創建は江戸初期にもかかわらず、現在の境内はこざっぱりと手入れされた庭園が本堂の前にあり、門柱も新しくモダンなお寺である。↓ 当寺には、元禄期(1688-1704)に廃寺となった下袋村の円竜寺のものだった、祖師像があったそうですが戦災により焼失したそうです。
※「調布日記」には、門前に「当所出洲出現開運祖師大菩薩」と刻んだ石標のあったことと、その由緒を記している。これによると、天明八年(1788)六郷の渡し場付近に流れついた厨子に日蓮像が納めてあり、霊験あらたかなので村人が当寺に奉安したといわれる。↓ 当寺には最後の六郷木橋「左内橋」の功労者鈴木左内の墓がある。鈴木左内は明治四十二年(1909)十二月二十四日、七十一才でこの世を去った。墓のかたわらに、架橋百周年を記念して昭和四十八年十一月に建てられた「左内橋之記」の碑が立っている。↓
※調布日記は、狂歌で知られた大田南畝が文化5年(1808)12月から翌年3月にかけて、幕府の命により治水のために多摩川沿岸の村落を巡視したときの日記です。