| 宝 憧 院(大綱山宝憧院) |
| 当山は、平安時代末、醍醐光台院の行観覚融上人が開創し、以来、歴代住職が、真言密教の法灯を伝え、八百五十有余年になる。真言宗智山派に所属し、大綱山宝憧院と称する。 阿弥陀如来を本尊とし、不動明王、愛染明王を脇仏とする。古くより弘法大師玉川八十八カ所霊場、東海三十三観音霊場として崇信せらる。 特に不動明王は、多摩川不動として、息災増益・家内安全・病気平癒の霊験顕著であるという。 | 所在地 大田区西六郷 2丁目−52−1 |
| 本山は、かつて東京・神奈川に末寺五十三ヶ寺を擁し寺門降盛をきわめた。後北条氏、歴代徳川将軍の庇護を受ける。戦災により、山門、鐘楼を除き全焼。1964年本堂を再興する。 享禄5年(1532)の印判状をはじめ、後北条氏文書4通・徳川歴代将軍の寺領寄進朱印状12通が、現存する。 |
山門を入ると正面に本堂、右に大師像・護摩堂・四国八十八ヶ所早巡り、 左に鐘楼が見えます↓ |
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| 桜の咲く頃には、数こそ少ないが、よく手入れされた品のある見事な桜が咲きます。 本堂より山門に向かって写す↓ |
本堂に向かって右手脇の枝垂れ桜は色・枝振りとも華麗である↓ |
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| 宝憧院の梵鐘は、延宝九年(1681)に、鋳物師の椎名伊予守良寛が多摩川の河原で鋳造したと伝えられる。 区内最古の梵鐘として、江戸初期の作風を良く残しています。↓ | 戦災にも焼け残った山門、風雪に耐えた木材の質感と重厚感に古さを感じます。↓ |
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