| 古 川 薬 師(医王山世尊院安養寺) |
| 古川薬師開創伝説には、いくつかありますが、その中に和銅二年(709年)僧行基が、此の地に来た折り、子のない村人のため祈願し男子を得るも乳が出ない、そこで村人の居宅にある銀杏の霊木の根本の清水を産婦に飲ませよ!と告げ、そうすると乳が出たという、後に行基は、啓示を受け、その霊木で三尊を作り安置してそこを東光坊とした、その翌年聖武天皇の皇子誕生に際し光明皇后も乳が出ず行基は古川村の三尊に銀杏の木を寄進すれば、祈願成就すると告げ、その通りにすると乳が出るようになったので、天皇は、銀杏を、中堂の左右に植え、諸堂を建立して医王山世尊院安養寺と三号を下賜し、大伽藍の地となったと伝えられる。 | 所 在 地 大田区西六郷 2ー33ー10 |
| 記録によれば、安養寺の現在の本堂は、正徳五年(1715年)に建てられたものだが、明治末期から大正初年の多摩川河川改修によって、寺地は現在地へ移転され、本堂も移築、その他諸仏像、石碑などすべて移遷されたとある。 写真右下に古川薬師道道標がある、延宝2年(1647)に東海道の雑色から多摩川道に入る分岐点にたてられた。区画整理で門前に移遷。↓ | 旧寺域は現在の多摩川河川敷内にあったという。 境内移転が、古寺遺跡調査の支障になったことはいうまでもないが古川村と言う河川に翻弄された地にありながら藤原期の仏像がよくも伝存したものと驚かされる。↓ |
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| 今も境内に乳銀杏の古木があるがこれは江戸期のものとは別物であろうと思われる。 | 江戸時代には、江戸近郊散策の名所として、また神社仏閣巡拝のコースとして、近くの池上本門寺、新田神社、川崎大師とともに参拝者でにぎわい、古川薬師参詣を口実に品川の遊郭にしけこんだ好き者が、はやりの川柳に詠み込まれるほど、当時は門前市をなす繁昌を示したという。 古川薬師境内図(江戸名所図絵)↓ |
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| 藤原期(11〜12世紀)の作と言われる左より阿弥陀・薬師・釈迦・の三尊座像都重文指定→ (この三尊は、非公開です。) 古く三尊は、各々別堂に安置されていた可能性があるらしい。 行基開創伝説にも有る様に古川薬師は、奈良時代創建とも伝承される古刹には、違いないが江戸時代は別として、そもそも古代古川薬師は、元々どこにあったのか、その創建年代は、寺社の規模は、この三尊の古仏の由来と古川薬師に安置されて現存するまでの経緯は、今もって謎である。藤原期に大きな伽藍を持つ寺が此の地のどこかにあったかもしれないと想像するととても興味深い。 詳しくは、大田の史話(発行 大田区)を参照して下さい。 |
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